狩師ケパロスの過ち

ヘルメス神の息子ケパロスは狩りが大好きな大変美しい青年でした。
彼は日の出前から獣を追って野山を駆け巡る毎日でした。
そんなケパロスの勇姿に恋してしまったのが[暁の女神]エオスでした。
エオスはケパロスを無理やり自分の宮殿へと連れ去って行きます。

ところがケパロスはプロクリスという女性と結婚したばかりの身でした。
ケパロスはエオスの愛は受け入れられずに早く妻の元へ帰らせて欲しいと哀願する毎日でした。

「プロクリスは帰って来ない。
お前の事なんか、とっくに忘れてる。
きっと新しい男でも見つけてるんじゃないかね。
自分の目で確かめるといい」

エオスはそう言うとケパロスを違う男性の姿に変えてから家に帰しました。

エオスはケパロスの妻の不実を本人に見せつける事でケパロスの気持ちを自分に向けさせようとしたのです。

一方、新婚間もなく夫が失踪して1人ぼっちにされたプロクリスは悲しみにうちひしがれる毎日でした。
そんな彼女の前に見知らぬ男性が突然現れたのです。
夫でないのに何故か懐かしく、心惹かれる感覚を彼女は覚えていました。

その男性はプロクリスに優しく話し掛けて来ました。
プロクリス思わず、その男の胸に飛び込みました。
その瞬間、その男の姿は夫ケパロスの姿へと戻ったのです。
たちまち元の姿に戻ったケパロスは妻の不実をなじりました。

「貴方どうして…?
許して下さい。
決して貴方を裏切るつもりではなかったのです」

プロクリスは一時の気の迷いで他の男に気を許した自分の浅はかさを責めながらも必死に謝ります。
けれども夫ケパロスは不快げに横を向いていました。

プロクリスは主である女神アルテミスの元を訪ねました。

「そんな形でお前の心を試すなんてケパロスも無粋な男だ。
きっとエオスに入れ知恵されたんだろう」

お気に入りのプロクリスが悲観に暮れる姿を見たアルテミスは、どんな獲物でも駆け越して逃がさない犬レラプスと決して狙いを外さない投げ槍を彼女に与えました。

プロクリスは家に帰ってアルテミスからの贈り物を夫ケパロスに与えました。
狩猟が何より好きなケパロスは大喜びして機嫌を直いました。

この頃テ−ベ国では、ある神が怒った事が発端で悪い狐が住み着き子供達を襲う様になっていました。
その狐は頭が良くて罠にも掛からず追い付いても直ぐに見失ってしまう賢い狐でした。

そこで国王は猟師ケパロスに狐退治を命じました。
レラプスは狐を見つけると追い掛け始めて狐とレラプスは野山を風のように走り抜けて行きます。

この光景を天上から見ていたゼウスは2匹の素晴らしい走りに感心して、その姿を永遠に留めておきたいと2匹を石に変えてしまいました。

レラプスは狐を仕留める事は出来ませんでしたが人々を狐から開放した功績で星座(大犬座)に上げられました。

一方プロクリスは毎日、狩猟に出掛けるのは女神エオスと密会する為かも知れない…。
プロクリスに1度芽生えた疑念は日に日に強くなるばかりでした。

ケパロスは犬レラプスを失ったものの、狙いを外さない自慢の投げ槍がありました。
いつもケパロスは太陽が高く上る頃に冷たい小川の日陰になった隅へ行って服を脱ぎ捨て草の上に寝転んで疲れを取っていました。

心地良いそよ風に吹かれながらケパロスは風に語りかける事がありました。

「さぁ、快いそよ風(ゼフロス)よ。
ここへ来て私の胸を扇いでくれ。
私を燃やす熱を冷ましてくれ」

ある時ケパロススがこうして空に向かって話し掛けいる所を聞いた人が女とでも話してるのではないか?と妻プロクリスに教えました。

夫ケパロスに疑念を抱いていたプロクリスは動揺を隠せないまま自分の目で確かめるまでは信用出来ずにいました。

そしてある日、いつもの様に狩猟に出掛けたケパロスの跡をプロクリスは付けて行きました。

ケパロスは猟に疲れると、いつもの所へ行き寝転びながら、またも風に話し掛けました。

「さぁ、そよ風よ。
ここへ来て私を扇いでくれ…。
私がどんなにお前を愛しているか知っているはずだ。
林の中も淋しい独り歩きもお前があるので楽しみなのだ」

ケパロスがこのように風に語り掛けていると茂みの中からすすり泣くような声がします。

「獲物だ!!」

茂みに隠れているものを獣だと思い込んだケパロスは狙った獲物に必ず命中する槍を投げました。

獣でない叫び声を聞いたケパロスが駆け付けて見ると妻プロクリスの身体に槍が突き刺さっていました。

ケパロスはプロクリスを抱き起こして、その流れ出る血を止めようとしましたが、もうどうしようもありません。

「甦っておくれ!
私を残して憂目を見せてくれるな。
お前を死なした咎を責めてくれるな」

「もしこれまで貴方が私を可愛いがって下さったのなら、また貴方に可愛いがられるだけの値打ちが私にあったのなら、どうぞ私の最後の願いを叶えて下さい。
その憎らしい(そよ風)とは決して結婚しないで下さい…」

この言葉で何もかも不審が晴れました。
しかし弁解してやる事は出来ませんでした。
愛するプロクリスは死んでしまいました。



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