桑の実の真実


バビロニアという国にピュラモスアという青年とティスベという少女がいました。

2人は家が隣同士で互いに愛し合っていました。
しかし親同士は長い間、憎み合っていたので2人の仲は許されませんでした。

親の怒りから家に閉じ込められた2人は壁の割れ目を通して密かに愛の言葉を交わし合っていました。

夜が明けて[暁の女神]エオスが星を追い払い太陽が草の霜を溶かす頃になると2人はいつもの所で会いました。

2人は自分達の辛い運命を嘆き合った末に明日の晩、そっと家を抜け出して野へ出ようと相談を決めます。
そして2人は泉のほとりにある1本の白い桑の木の下で落ち合う事にしました。

太陽が沈む頃、ティスベはベ−ルで顔を隠して家を忍び出ると約束の桑の木の下に座っていました。

夕暮れの薄明かりの中ティスベが1人座っている所へ一頭のライオンがやって来ました。
何か獲物を捕らえて食べた直後らしく喉の渇きを止める為に泉に寄って来ていたのです。

ティスベはライオンを見ると慌てて被っていたベ−ルを落とした事にも気付かずに逃げ出して岩の窪みに身を隠しました。

ライオンは水を飲み終えると森に入ろうとした時に落ちていたベ−ルを見つけて血の付いた口に加えて振ったり引き裂いたりしました。

一方、ピュラモスは少し遅れて出逢いの場所に駆け付けて来た所でした。

ところがライオンの足跡と引き裂かれて血だらけになったベ−ルを見たピュラモスは顔色を変えました。

「あぁ、愛するティスベよ!
私が遅れたばかりに何という事だ!
可哀想な事をした…。
私ゆえにお前を死なせてしまったのだ。
私よりも生きがいのあるお前が私より先に生贄になった。
私も遅れはせぬ。
こんな危ない場所に連れ出しておいて私が居合わさなかったのは、みんな私の咎だ!」

ティスベがライオンの餌食になってしまったと早合点したピュラモスは自らの剣で胸を貫きました。

血は傷口からほとばしり出て白い桑の木を真っ赤に染めました。
そうして土から根元へ染み込んで幹を伝わり、桑の実まで真っ赤になりました。

ティスベはまだライオンがいないかと辺りを見廻しながら隠れ場からそっと出て来ました。

すると白かった桑の木が赤く変わっている事に不思議に思い約束の場所に行って見ると誰かが死にかけて苦しみ悶えています。

ティスベは立ちすくんでしまいました。
しかし、その人が自分が愛するピュラモスだったと判るや否やティスベは泣き声を上げてピュラモスを抱き上げました。

「あぁ、ピュラモス!
これは何とした事でしょう。
返事をして下さい!
こう申しているのは貴方のティスベでございますよ!
どうぞ、お顔を上げて下さい!」

それを聞いたピュラモスは一瞬、目を開き又、静かに目を伏せました。

ティスベは血まみれになった自分のベ−ルと剣のない鞘を見つけます。

「私ゆえに貴方は御自害なすったのですね。
こうなってしまっては私も雄々しい者になれます。
私の恋は貴方の恋に負けはいたしません。
私は死んで貴方に付いて参ります。
私と貴方を一人ぼっちに隔てた死も私が貴方に付いて行くのを邪魔は致しますまい。
それにつけても不幸せな親御様達…
2人が一緒になる願いを拒んで下さいますな。
私達を結び付けたのは恋と死なのですから一つお墓に2人を入れて下さいませ。
桑の木よ、お前は私達の死んだ印しを留めておくれ。
お前の実をいつまでも2人の血潮の記念にさせておくれ」

そう言い終えるとピュラモスの手に握られた剣を取り、自らも同じ様に胸に突き刺しました。

折り重なって死んだ2人の亡骸を見た親達は涙にくれました。
そして娘の最後の願いを聞き入れて2人を一つのお墓に納めてやり、せめて死後の幸福を祈ってやりました。

神々も是認しました。
そして桑の木は今に至るまで赤黒い実を結びつけるのです。




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