アドニスとアネモネの花
【アドニスの死】

地中海の東寄りにあるキュプロス島にピゲマリオンという王がいました。
彼は象牙で作った女の像に恋をして愛と美の神アフロディテに祈りを捧げ続けて彫像を人間に変えて貰い妻にしました。

現国王キニュラスはそのピゲマリオンの孫にあたる人物で王妃と美しい娘ミュルラがいました。

ある日、王妃はは娘ミュルラはアプロディテより美しいと自慢しました。
これを聞いたアプロディテは酷く腹を立て罰を与えます。

国王キニュラスが泥酔して眠り込んでいる時に娘ミュルラを寝床に忍び込ませました。
ミュルラは父親の寝所に12夜忍び込んで身籠ってしまいます。
しかし父キニュラスは娘とは判っていませんでした。
ミュルラは城を飛び出し行方をくらまして、やがて辿り着いた場所はアラビアの南サバの地でした。

既にミュルラは身重の為に動く事が出来なかったので岩陰にうずくまり天に祈りを捧げました。

「私は許されない罪を冒しました。
天界へ入る望みなど持ちませぬ。
どうか、この地の果てで人の世にも黄泉の国にも属さぬ物として生き続けとうございます」

ミュルラの願いは叶えられました。
祈りを捧げる彼女の足は土に埋もれて根となり、体はそのまま樹の幹と化して天に差しのべた手はみるみる強張って枝となり投薬の樹木と化しました。

その母なる木からギリシャ神話で最も美しいとされる少年アドニスが誕生しました。

少年アドニスの美しさに一早く目を留めたのが愛と美の女神アフロディテでした。
女神が激しい恋に囚えられたのは何もアドニスの美しさのせいだけではありません。

アフロディテの息子エロスの愛の弓矢がアドニスを見つめていた母の胸を偶然傷付けてしまったからでした。

ハ−ト型の金の弓矢で射抜かれた者は誰であろうと、たちまち深い恋に陥ってしまいます。
少年に惹かれたアフロディテはアドニスを盗み出して冥界王ハデスの妻ペルセポネにアドニスを預けて大事に育てて貰う事にしました。

ペルセポネも眉目秀麗なアドニスを見て溺愛します。
地下の御殿で美しい若者に成長したアドニスをアフロディテが迎えに来てもペルセポネは渡そうとしません。

アドニスを巡って2人の女神は互いを憎み合う様になりました。

そこで大神ゼウスは[芸術の女神]ミューズの1人カリオペが主催する下級裁判所に話を委ねる事を決めました。

判決は1年の3分の1ずつをアプロディテとペルセポネと共に過ごして残りの3分の1はアドニス1人で過ごして良いというものでした。

しかしペルセポネは怒ってアプロデイテの愛人アレスに言いつけます。

「アプロディテは貴方を差し置いて人間を愛している」

アレスは嫉妬に怒ります。

その頃、アドニスは地上に戻ってアフロディテと過ごしていました。

まだアドニスにはアフロディテの愛に応える様な事は出来ずに楽しみは狩りをする事でした。

「あんな野獣と戦ってケガでもしたら…」

アフロディテは心配で白鳥が引く馬車に乗って空を駆け巡りアドニスを見守っていました。

アレスは嫉妬に凶暴な猪を野に放ちます。
(アフロディテと仲が良くなかった事から[月と狩りの女神]アルテミスだという説も有り)

アフロディテがほんの少し目を離した時、アドニスは大きな猪と相対して槍を投げつけました。

しかし狙いが急所を外れて逆に凶暴な猪の牙で背中を突かれてしまいます。
アドニスの体は宙を舞い大地に落ちた瞬間に猪の牙が今度は胸を刺し貫いてきました。

女神の名を呼ぶゆとりもない一瞬の出来事でした。

アフロディテは白鳥が引く馬車で天空を駆け巡っている途中で胸騒ぎを覚えて大地を見下ろしました。
白鳥を駆りたて木々の間を抜って視線をめぐらせました。

アドニスの死骸を見つけたアフロディテはアドニスの死を悲しみます。
死と嘆きを忘れない様に毎年思い出す様にアドニスの身体から流れる血に深紅のアネモネを咲かせました。

そしてアドニスを馬車に乗せて冥界に向けて走らせました。

「どうか、この子を生き返らせて下さい」

「それはならぬ」

冥界王ハデスは答えました。

アフロディテがどう頼んでみても一旦、奪われた命は戻りません。

悲しみに打ちひがれながら帰ろうとしたアフロディテにハデスが言いました。

「せめて花の姿にして一年の内の数ヶ月は地上に甦らせてやろう」

アドニスの血がにじんだ大地の中から細い草の芽が萌えスクスクと茎を伸ばして、やがて深紅の花を咲かせました。

花はアドニスその人のように可憐で花弁の命は短く、風(アネモス)の息が吹くと花が咲き、2度目の息に吹かれるとたちまち花弁は散ってしまいます。

その儚い散り様にちなんでアネモネと名付けられました。

アフロディテは少年の短い命をはかなみ花の行方を追いながら涙ぐみ、女神の涙も美しい花を咲かせました。

この花が薔薇です。

ギリシャの女性達は秋が来て草木が枯れる頃になるとアドニスの死を思っては悲しみ、春になって血の様な赤いアネモネが咲き始めるとアドニスが生き返ったと言ってお祝いをするそうです。



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