カドモスとハルモニア

地中海東部に面した国ファニキアの王アゲノ−ルには3人の息子と1人娘のエウロペがいました。

エウロペとは「ヨーロッパ」の意味で彼女は大変に美しい娘でした。

大神ゼウスも伝令神ヘルメスから地上のエウロペの評判は聞いていました。

そして天界の雲間から、フェニキアの海岸近くで戯れるエウロペの姿を見つけ、彼女の美しさに惹かれて夢中になってしまいました。

ゼウスは嫉妬深い正妻ヘラの目を逃れる為に一頭の牡牛(牡牛座)に姿を変えてフェニキアへと降り立ちました。

ゼウスの変身した牛は、雪のように白く透き通るような角を持ち合わせて、とても優しい目をしています。

エウロペは突然に現れた牡牛に最初は驚いたものの、その美しさに見とれてしまいました。

エウロペは牡牛に恐る恐ると近付いて行き摘んだ花を差し出しました。
すると牡牛は鼻面をエウロペにこすり付けて喜びました。

こうして牡牛と戯れるうちにエウロペの心から恐れが消えて、つい牡牛の背中に跨がりました。

すると途端に牡牛は海に向かって走り出し海を渡り始めたのです。
背上のエウロペは恐怖の余り、牛の角をしっかりと掴み遠ざかる陸地を見ている事しか出来ませんでした。

そしてゼウスは自分が生まれ育ったクレタ島に辿り着くとエウロペの為に洞窟を花で飾り付けて、壁掛けを掛けてエウロペを花嫁として迎えて2人は結ばれました。

ここでエウロペは人間として生まれた女性でも得られないような栄誉を手にしたのです。

後に彼女とゼウスの3人の子孫はエウロペの名にちなんだ土地に住み偉大な王になりました。
そしてエウロペの最大の幸福はゼウスの正妻ヘラにバレずに迫害を受けなかった事でした。

一方、フェニキア国王アゲノルは娘の王女がゼウスにさらわれ事とも知らずに娘エウロペの行方を案じていました。3

そして人の息子達を呼び集めました。

c長兄のカドモス王子
c次男のポイニクス
c三男のキリクス

「城下の者は、王女の余りの美しさにさらわれたに違いない、と噂しております」

「妹の美しさは遠くギリシアの地にまで及んでおります。
果たしてフェニキアに犯人がいるかどうか…
捜索されるならギリシアまで足を伸ばす必要があるでしょう」

兄弟の意見を聞いた父王は言いました。

「最も可愛がっている娘だ。
お前たち3人はそれぞれ北と南と東に向かい娘エウロパを探索に向かえ。
見つけ出すまで帰国は許さぬ」

こうして3兄弟は妹を探しに旅に出ました。

ゼウスが海を越えてクレタ島にいるとは全く知らず、3兄弟は陸路で捜索の旅を始めていた為に妹エウロパに辿り着く筈もありません。

三男のキリクスはクレタ島とは正反対の東に向かっていました。
妹を見つける事は出来ず、国に帰る事も出来ず仕方なく自分が気に入った小アジア南のキリキアを部下達と共に支配する事に決めました。

次男のポイニクスは南に向うも見付けられす、仕方なく探索結果を報告すべく命令を破って故郷に帰りました。

ところが、父王に報告しようと登城してみると父王アゲノルが崩御したばかりで後継者問題が起きていたのです。
今、父王の血を引いている息子はポイニクスしかおらず、彼は混乱を収めるべく父の跡を次いでフェニキア王になる事を宣言しました。

長男カドモス王子は北西に小アジア(現在のトルコ)を越え海峡を越えてトラキアまで旅を続けていました。

このまま旅を続けて行けば最も妹エウロパに近いクレタ島まで到達できる筈でした。

しかし、楽天的なカドモスは勝手に賢い弟達が既に見つけ出したに違いない。と考えて探索を諦めてトラキアに住居を構えたのです。

カドモス王子は暫くの間、部下達と共に楽しく暮らしていても妹エウロパの事も気になっていました。

しかし、それを確認する術のないカドモスはギリシアの神託の町デルフォイで預言の神アポロンに伺いを立ててみました。
するとアポロンが預言者の口を借りてカドモスに告げます。

「エウロペの事は忘れよ。
今はクレタ島にゼウスと共に隠れている。
例えいかなる神でも見つける事は出来ない。
それにエウロパはゼウスのお気に入りだだから無理に取り返せば神罰が下るだろう。
又、そなたが治めるべき土地は他にある。
野原に出て横腹に月が浮かぶ牝牛(めうし)を見つけよ。
この牝牛の後を追い、牝牛が足を止めた地に永住の都を建設してテーバイと名付るが良い」

早速カドモスは部下達を引き連れてデルフォイの近くの野原に出向きました。

「牛だ!」

カドモスはアポロンの神託通りに横腹に月の模様が浮かび上がっている牝牛を見つました。

牝牛はゆっくりと南東の方角へと歩き、カドモス一向も後を付けて行きました。
やがて牝牛はアソポス川の近くの野原で急に立ち止まって昼寝を始めました。

アポロンの神託に導かれて治めるべき土地テーバイを見つけたカドモスと家来たちは、神々に感謝すると共に土地の支配を司る女神アテナに生贄を捧げる事にしました。
しかし、これが不幸の始まりでした…。

カドモスを導いた牝牛はまるで生贄にされても構わないとばかりに無防備な姿で横たわっていました。

神から与えられた物を殺すというのは一見すると冒涜と摂られやすいが、この時代は神に対して謝意を示す場合は神からの授かり物を生贄にするという事が通例でした。
その意味でも牝牛はアテナ女神への生贄として適任でした。

簡単な神殿を建て、生贄を水で清めてから祈り殺す手順が生贄の儀式でした。

カドモス達の飲料は尽きていた為に家来に命じて泉を探して水を汲みに行かせました。
暫くすると家来のT人が戻って来て森の奥に泉を発見した事をカドモスに報告すると再び泉の方へと戻って行きました。

しかし、その後いくら待っていても家来たちは戻って来ません。
カドモスは心配になり、矢T本と大槍一振りを持って、先ほど報告した家来が向かった方向へと駆けて行きました。

やがてカドモスは家来が報告した通りに森の奥に泉を発見する事が出来ました。
しかし家来の姿はT人もいません。
カドモスの目に飛び込んで来たものは別のものでした。

彼の目に映っていた泉は家来の報告にあった澄んだ水ではなく血のように赤い水を称えていました。
又、所々に見覚えのある武器や甲冑がむしり取られ、散らばっています。
それらには一様に泉の色と同じ赤が映えていました。

そしてカドモスはゆっくりと視線を移しました。
その視線の先にはカドモスを金色の目で睨む竜がとぐろを巻いていたのです。

竜は口から紫色の息を吐きながら3つに分かれた舌をチロチロと見せています。
息が触れた植物はたちまちに腐ってしまう毒の息でした。

毒のせいか、怪物に対する憎しみのせいかカドモスの頭はくらくらしてました。

泉が赤く染まっていたのは家来たちの血を怪物が吸ったからでした。

「俺の家来はどうした…?」

聞くまでもない事でした。

竜は牙をむき出して笑って見せました。
その牙には肉片が赤くこびり付いていたのです。

「貴様ァァ…!!」

カドモスは竜を見るなり叫ぶと隣に転がっていた自分の身の丈もあろう巨石を持ち上げ、渾身の力を込めて毒竜のわき腹めがけ投げ付けました。

城でも破壊できそうなこの攻撃でも毒竜のウロコには傷一つ付いていません。

巨岩を避けた竜はカドモス目掛けて突進して来たました。

窮地に陥ったカドモスの頭の中に突然澄んだ声が侵入して来ました。

「カドモス
テーバイの王よ。
私が力を貸します。
怖じず、ひるまず竜を討ち取りなさい…!」

声が止むと同時にカドモスの体に力がみなぎって来ました。
彼の所持品もこれを使えといわんばかりに光っています。
カドモスは誰とも知らない者の声を信じて、まずはT本の矢を利き手に持ちましった。
これは『投矢(なげや)』と呼ばれる変わった武器で投げ槍のように目標物めがけて思いっきり投げつける武器でした。
カドモスはこの投矢の名手でした。

「家来たちよ、
仇は取ってやる。
できなきゃ俺も死ぬだけだ!!」

そこには以前までの気の抜けたカドモス王子の姿はありませんでした。
そこにはただ忠臣たちの報仇に燃える一人の王が存在していたのです。

カドモスは投矢を思い切り毒竜に投げ付けると竜のウロコに突き破り、矢は脇腹から体内に吸い込まれて行きました。

竜は痛さにのたうち回り、口で矢を引き抜こうとする度に竜の体に激痛が走るます。
終には折れて体内に残り、矢は内臓まで達していた為、金属で出来た鏃は確実に内臓を傷付けて腐った矢が竜の体を侵食して行くのです。

その激痛に忘我した竜は再びカドモスに突進して来ました。

この時、既にカドモスは下がり森の中で槍を構えて待ち構えていました。

毒竜は木々をなぎ倒しながらカドモスに迫ります。
毒竜は勢い余ってカドモスの背後の大木に身を打ち付けました。

カドモスは毒竜の横に回って槍を真っ直ぐに構えて竜に突進しました。
大槍は竜の脇腹を串刺しにして更に奥の木に突き刺さって、毒竜を文字通り張り付けにしました。

竜は毒の息を吐きながら激しく身もだえます。
内臓に残った鏃と大槍の一撃で暫くすると動かなくなりました。

カドモスはたったT人で全ての武器を使い果たして猛毒をまき散らす毒竜を倒しました。

しかし毒竜に対する憎悪が少しずつ薄れて行くと同時に家来たちを失った悲しみが溢れて来ました。

「国なんて…
お前達がいない…
私だけでどうやって作れというんだ…」

家来たちなしではカドモスは新しい国テーバイを作る気力も起きなかったのでした。
そしてカドモスは地に伏し泣き崩れます。

「何を泣くのですか」

不意に後ろから声が聞こえました。
部下の死に慟哭していたカドモスはハッとして後ろを振り向きました。

「貴方は既に子供ではない。
一つの国を統べるべき王なのですよ」

そこに立っていたのはT人の美しい女性でした。

カドモスには、その女性には似つかわしくない荘厳な甲冑を身にまとい、自らの体の内から光を放っているように見えましたた。

「やはり…
アテナ様が力を貸して下さったのですね」

カドモスは女性に恭しくひざまずきました。
毒竜を倒す際に力を与え澄んだ声を発して、今カドモスの目の前で光を放っている女性の正体は[知恵と戦闘の女神]アテナでした。

「貴方が部下を失ったのは貴方が私に生贄を捧げようとした事によるもの。
神に対する冒涜ならともかく、これは純然たる神への敬虔な奉仕」

女神アテナは微笑みました。

「私は貴方に力を与えましょう。
竜をも屠る『破壊』の力だけでなく、国と人々と家庭を作り出す『創造』の力を」

そこまで言うとアテナの体が光に包まれ始めました。

余りの眩しさにカドモスは直視できずに思わず目を閉じました。

「貴方の部下を甦らせる事は出来ませんが、貴方の新たな手足を作る事は出来ます。
毒竜の牙を全てへし折りなさい。
そして、その半分は私に捧げる為に取っておき、残りの半分は耕した地面に蒔くのです。
人々が収穫を祈り大地に穀物の種を蒔くように」

女神アテナがそこまで言うと光が収まりました。

カドモスが目を開けると既にアテナの姿はありませんでした。

カドモスは神が認めた通り敬虔な人でした。
悲しみを吹き飛ばすべく気合を入れた後に女神の言う通りに耕した地面に竜の牙を蒔いて行きました。

すると牙を蒔き終わった瞬間、地面から一斉に槍の穂が飛び出して来ました。

そして槍だけではなく剣や斧や兜に鎧
そしてそれらを装備した兵士が地面から生えて来たのです。

地面から生まれた何十人という兵士は剣に手をかけながら一斉いにカドモスの方を向きました。

これにはさすがにカドモスも驚き、武器がなかったので素手で応戦しようとすると兵士のT人がカドモスを手で制しました。

「待たれよ、ご主君。
我はご主君の下で働く新たな家来」
「我も」「我も」

一斉に何十人と言う兵士たちが全く同じ素性を明かしました。

「何を言うか。
ご主君の下で働くのは我のみで十分。
弱き者は土に還るがよい…」

そう穏やかに言い放った一人の兵士がいきなり隣の兵士の首を剣で刎ねました。
兵士の体は叫び声Tつ上げずに地に倒れました。
同時に頭と体の肉が削げ落ちて骨だけになりました。

「いや、我こそ」

「我こそが、ご主君の下で働く強き者なり」

「あ、あの…」

狼狽するカドモスを尻目に兵士たちはいきなり戦闘を開始しました。

槍で心臓を突かれて剣で体を両断された兵士たちがドンドン骨と化して行きました。

そしてカドモスがあっけにとられている間に兵士の武器が一度に折れる音が響きま勝負がついたようでした。
初めは何十人といた兵士たちが5人だけになっていました。

「…ふむ」

「我らは等しく強い」

「弱き者は除いた」

「ならば強き国を作るべく」

「我ら5人
ご主君のもと力を合わせようではないか」

5人の兵士たちは改めてカドモスの方に向き直りひざまずきました。

「我はペロロス」

「我はウダイオス」

「我はエキオン」

「我はヒュペルノル」

「そして我はクトニオス。
竜牙より生まれて大地に育ち、ご主君の為に死ぬ無双の兵士なり」

竜牙の術から生まれし5人のスパルトイ達は各々カドモスに簡単な自己紹介をしました。

カドモスがよく見るとクトニオスT人だけが険しい表情をしていました。
彼は最初にカドモスを制止した兵士のようでした。

「そして神より使わされた者なり。
ご主君の為、我ら5人で力を合わせテーバイ国をお作り申し上げる!」

「おお、これが女神アテナの言っていた『新たな部下』なのだな…」

カドモスの心は神の力に対する驚きと無双の部下たちを得た感動で満たされていました。

この5人のスパルトイ達の働きにより、立派な街が建造されてカドモスは王となりました。
そして神託にあった通り、この街をテーバイと名付けました。

女神アテナの加護もあってかテーバイは、すさまじい勢いで発展して行き、ギリシア世界を語る上で欠く事の出来ない大きさにまで発展しました。

カドモスはその賢王ぶりを遺憾なく発揮して、スパルトイ達も貴族として良い働きをしていた為、テーバイ国民の全てに好かれていました。

神々もこれを祝い女神アフロディテの娘ハルモニアをカドモスの妻に迎えさせました。

その結婚式には全ての神がわざわざオリンポス山から降りて出席して、この夫婦を祝福したのです。

また名工として知られるヘファイストスは花嫁ハルモニアに美しい首飾りを贈りました。
これは神々の寵愛を一心に受けたテーバイ王家の証でもあったのです。

カドモスは美しい妻ハルモニアと共に幸せの絶頂にいました。

この盛大な結婚式から何年か経ったある日カドモスは夢の中で一人の男に出会いました。

男は甲冑をまといコチラをただ睨み付けています。
その憎悪にただならぬものを感じたカドモスは男に尋ねました。

「あなたは誰だ?
なぜ私を憎む?」

すると甲冑をまとった男は激するままに大声で叫びました。

「我はアレス!
戦争と激情の神なり!
そして貴様が殺した竜の父親だ!!」

なんとオリンポス12神のT人である軍神アレスがカドモスの夢に出てきたのでした。

「神の息子を殺すとは決して許されぬ罪!
貴様一代で購える罪ではない!
貴様は子々孫々その血が果てるまで私の息子の毒に呪われる事になるのだ!!」

カドモスがガバッと起き上がると心臓が早鐘を打ち、既に軍神の姿はありませんでした。

既に夢を見た後から、アレスの呪いは始まっていたかの様にあれほど王を慕っていたテーバイの民たちがカドモスを嫌い始めたのです。

中には憎しみをあらわにしてカドモスに石を投げ付ける者もいました。
その表情はまさに夢で見た軍神アレスの怒りの形相そのものでした。

いくら領民に憎まれたからと言ってスパルトイ達に命じて皆殺しにする事など出来ません。

このままでは、いつか領民の手に掛かりカドモスは殺されてしまうでしょう。
自らが作り出し愛した民に殺される最期にだけは耐えられなかったカドモスは密かに城を抜け出しました。

「どこへ行かれるのです?」 

貞淑な妻ハルモニアが呼び止めました。

「私は神の息子を殺してしまった。
これは許されざる罪であり、その業を受ける義務が私にはある。
だがハルモニアよ…
そなたはアレスの呪いに掛かってはおらぬ。
城に戻り、私達の子供を逞しく育ててやってくれ」

「いいえ。
私は貴方に付いて行きます。
貴方に嫁いだ時から決めていました…
生きるも死ぬも必ず貴方と共にいようと。
どうか、どうか私をお見捨てにならないで…」

ハルモニアの目には涙が光っていました。

「分かった。
一緒に行こうハルモニア」

こうしてカドモスとハルモニアはテーバイを離れて森の中に隠れ住みましんた。

そして日々、神の呪いについての悩みから解放されなかったカドモスは天に向かって叫びました。

「ただ毒を吐く悪竜がこれ程の業を呼ぶまでに神に愛されるのなら…
私も竜になってしまいたい!」

すると、その願いが聞き届けられたのかカドモスの姿は竜へと変わってしまいました。

『必ずカドモスと共にいる』と言った妻ハルモニアもカドモスに寄り添う竜に姿を変えました。
こうして竜となったカドモスとハルモニアは人間が足を踏み入れる事のない森の奥で2人だけで暮らしました。

軍神アレス以外の神々には寵愛され続けていた2人は、長い寿命を共に終えた後に選ばれし人間のみが招かれるという『エリュシオンの野』という極楽へと導かれて2人は幸せな生活を送りました。

軍神アレスが言った通り不幸な呪いはカドモスとハルモニアだけに留まらず、テーバイ王家が絶えるその時まで続きました。
テーバイの血を引き継ぐ者は一様に不幸で無残な最期を遂げる事になるのでした…



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