ケユクスとアルキュオネ

明けの明星の息子にはケユクスと言う王がいた。
彼の妻は風の神アイオロスの娘アルキュオネ。
彼女は心の底から夫を慕っていて夫婦2人は仲が良かった。

夫婦はお互いを「ゼウス」「ヘラ」と呼び合った。
その夫婦仲の良さをゼウスとヘラ夫妻と比較されて、この事が神々の怒りを招いた。

ある日ケユクスは、ふとした悪い事件が元でデルポイにあるアポロンの神殿へ神託を聞きに航海に出ようとした。
一時でも夫と離れたくないアルキュオネは同行したいと申し出るが古代の旅は大変危険が伴うもので女性には無理とされ、ケユクスは妻の申し出を断り心配するアルキュオネを残し旅立った。
ギリシャの英雄たちも危険と隣り合わせであった様にケユクスも例外ではなかった。
彼は航海にいる間、風に弄ばれ波に揉まれて死へ一歩一歩近づいて行った。
その間にケユクスが呼びかけたのは
c神々
c父である明けの明星
c舅でもある風の神アイオロス
最も多く呼びかけたのは最愛の妻アルキュオネだった。

ケユクスは波に漂いながら死んでも妻の元に戻りたい。
妻の手で埋葬されたい。
そんな事を願いながら息を引き取った。

一方、アルキュオネは夫の死を知らずにケユクスの帰りを今か今かと待っていた。
夫の着物を用意して、夫が帰って来た時に着る自分の衣装も用意して夫の無事の帰りを神々に祈り続けた。
特に結婚の女神であるヘラの神殿には足繁く通い貢物を欠かさなかった。

ヘラの元には既に死んでしまった人間の無事を願う供物が溢れた。
さすがにそれを見てヘラは困惑した。
cアスクレピオスの事件以来、死んだ人間を生き返らすのは神々といえどもタブー
喪中にあるべき人間を祭壇から遠ざける為に虹の女神イリスがヘラの元に呼ばれた。
イリスはヘラの使者として足の速い女神である。
イリスはヘラに指示されて眠りの神ヒュプノスの元に向かいアルキュオネの夢の中にケユクスの死を知らせるように伝えた。
ヒュプノスはその仕事を息子であるモルペウスにさせる。
ケユクスに扮したモルペウスがアルキュオネの夢の中に現れて語りかける。

「自分は死んだ。
喪服に身を包め。
嘆かれもせず下界の亡者の下に通わせないでくれ」

アルキュオネは眠ったまま腕を伸ばして夫の身体を求めたが、その手は空しく虚空を掻き抱くだけだった。
目が覚めたと時はケユクスがとうに亡くなったものと確信した。
朝が来るとアルキュオネはかつてケユクスを見送った浜辺にいた。
別れのキスをした同じ場所にアルキュオネが立つと沖の方に人影らしき者が見える。
それは波に運ばれて来た夫ケユクスの遺体であった。

死んでも妻の元に帰るというケユクスの一念からかケユクスとアルキュオネの悲しい再会だった。

この悲劇に神々は同情を禁じえず、夫婦の姿を翡翠(ヒスイ)にも似た翡翠(カワセミ)に変えた。
鳥に変身した姿になっても夫婦の愛には変わりなく2人は睦まじく連れ合って次々と子を生した。
荒れやすい冬の季節に一週間だけ穏やかな日和が続くのはアルキュオネの父アイオロスの計らいで彼女が水に浮かぶ巣作りの間は風が止んでいるという。



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