パエトンの墜落

エチオピアにゼウスとイオの子エパポスと太陽神ヘリオスの子パエトンがいました。

しかしパエトンは父ヘリオスに会った事がありませんでした。
それでもパエトンはエパポスに自慢します。

「僕の父は太陽神ヘリオスだ」

「お母さんの言う事なら何でも信じるんだね。
お父さんでもない人をお父さんだと思い込んでいるんだね」

エパポスはパエトンを馬鹿にします。

パエトンは家に帰って母のクリメネにエパポスから侮辱された事を告げました。
母は外に出て、散々と照り付ける太陽に手を差伸べて言います。

「あの太陽こそが父親です。
もし私が嘘を言っているならば、あのお日様こそが御自分で私に姿を見せる事を拒絶なさいます!
太陽神の館は近い。
その気なら直接行って訪ねるが良い」

パエトンは生まれ育ったエチオピアを後にしてインドを過ぎて日の出の郷に急ぎました。
煌めく黄金とまばゆい象牙のヘリオスの神殿にようやく辿り着ます。

父ヘリオスは緋色の衣をまといエメラルドの玉座に座っています。

「我が子パエトンよ。
どうして此処にやって来たのか?」

「この広い世界をあまねく照らす太陽神。
貴方が私の父なら僕の心の迷いを取り払って欲しいのです」

ヘリオスは冠を外して、パエトンにもっと近くに寄るように命じて、そして我が子をやさしく抱擁します。

「オマエは当然の如く私の子だ。
オマエの疑いを晴らす為だ。
何なりと欲しい物を申すが良い」

ヘリオスはステュクスに賭けて誓うと言った。

「では太陽の車を運転させて下さい」

これを聞いてヘリオスは困り果てます。
太陽の車は大変運転が難しく、神々でさえ運転が困難な車を人間の子供のパエトンが運転出来るはずがありませんでした。

しかし神とは言えどステュクスという冥界を流れる河に誓った言葉を覆す事はタブーでした。
パエトンが自分の願いを引っ込める事がなかったのでヘリオスは渋々太陽神の馬車を出しました。

[曙の女神]エオスが深紅の扉を開けると星々が逃げ去って行きます。

ヘリオスが心配顔で見守る中をパエトンは馬車に乗って翔けて行きました。
最初は順調でしたが馬車がいつもほどの重みで無いのを馬たちが知ると途端に軌道を外しました。

馬車は天の道を大きく外れ低空飛行をします。
そして大地を焦がして海や河川も干上がらせてしまいます。
この時エトナ火山は火を噴いてパエトンの故郷エチオピアの人々は皮膚が黒くなり、リビアは砂漠と化してしまいます。

下界を見下ろすパエトンは震えていました。

事態を重く見た[大地の女神]ガイアがゼウスに訴えました。

「このままでは世界が破滅する」

ゼウスはやむなく太陽神ヘリオスと全ての神々を召集して、彼ら立ち会わせの下で天の頂きからパエトンめがけて雷撃を放ちました。

パエトンは馬車から流れ星のように尾を引いてエリダヌス川に落ちて死んでしまいました。
馬たちは千切れた手綱を残して走り去ります。

父ヘリオスは息子の死を嘆き悲しんで丸一日、日の出を出しませんでした。
母クリメネは半狂乱になって地上のあちこちを彷徨いながら息子の骨を探し回りました。

パエトンにはヘリアデス(太陽の娘たち)という姉妹もいました。
彼女たちも悲しみの余り川岸でポプラの木に変身してしまいます。
そして彼女たちの流す涙が琥珀となりました。



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