1/1ページ目 それは、何処とも知れない場所で、冬の寒い夜のことだった。 「ねぇ、連れて行って」 そんな声が聞こえた気がした。 ……ごめんなさい。 何処に連れて行っていいか、僕には分かりません。例えるなら僕は、タンポポの種。 ゆらゆらと。ふわふわと。 雪の様にただようだけなのです。 その種を、連れ去るように、一陣の風が吹いた。 気付けば、僕の腕が引かれていた。 お母さん? 閉じていた目を開く。そこには見覚えの無い少女がいた。 僕は朦朧とした意識の中、その大きく力強い瞳を視界に捉えた。そして、僕の手の中にあるその大きな手が、見失いそうな大きな背中が、会えなくなって久しい母の姿を連想させた。 ざく、ざく、と雪を踏みしめる音が聞える。 少女は歩き出していた。 ……すみません。僕はタンポポの種、自分では何処にも行けません。こうして、あなたに吹き上げられなければ、どうすることもできないのです。 ……少女は歩くのをやめない。 「手が冷たい人は、優しい人なんだよ」 そう言われて、彼女の大きい手を見る。 そこには、見間違えたかと思うほどの華奢な手のひらがあった。 ああ、確かに冷たい。 僕が彼女を認識する。そこで初めて、それが冷たいということを理解できた。まるで、雪で作ったように冷たいくせに、それは僕の体温では溶けそうにない。 ……少女は歩くのをやめない。 彼女の大きな背中を見る。 僕の視界を埋め尽くすほど、大きく感じられていた背中は、見間違えたかと思うほどに、小さく哀しげだった。 僕が彼女を認識する。そこで初めて、彼女の存在を実感した。 ……少女は歩くのをやめない。 彼女の大きく力強い瞳を見る。 ともすれば泣きそうな顔に見えたそれは、見間違えることなく、力強いままだった。 僕が彼女を認識する。そこで初めて、母と見間違えたのを驚くくらいに、彼女が小さい小さい少女だということが分かった。 ……少女が歩くのをやめた。 タンポポの種は、風が止んだので地面に落ちた。 ありがとう。冷たい手をした優しい人。 雪道の傍らで潰えるはずだった僕は、あなたに吹かれて、ここまで来られました。 此処が何処だかは分かりませんが、あなたが起こす風は、とても心地のいいものでした。 だから、ありがとう。 「この場所……」 少女が何かを眺めている。 その何かを理解しようと、閉じかけたまぶたを持ち上げ、必死で意識を覚醒させる。彼女がまた風を起こしてくれるなら、僕はできうる限り、その風に乗っていたかった。 「見える?」 そう言って、何処かを指差す。途端、少女が指差したところが、ぼんやりと光りだした。一瞬、彼女が光らせているのかと思ったが、違った。 いや、正しかった。 「朝日だよ」 そう言って彼女が笑う。 それは、太陽のような笑顔だった。 僕を照らす、眩しい笑顔だった。 光に照らされた世界が、瞬く間に色づいていく。 今立っている小高い丘や、彼女が眺める朝焼けや、今来た道も、全てが鮮明になっていく。 ――でも本当は。 本当は、朝日なんか昇っていなくて。 彼女だってかなり疲弊していることも知っていた。 それでも僕は 彼女が朝日を視るように、僕も、確かに太陽を見ていた。とびきりに輝く笑顔が照らし出した世界を見ていた。そこには確かに、手の冷たい太陽がいたんだ。 冬の日、太陽に一番近い丘で、タンポポの種から花が咲いた。 咲いた花は蒲公英ではなく、向日葵だったけど。 僕はそれでよかった。 向日葵は、太陽を見るために生まれてくるのだから。 [指定ページを開く] <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
w友達に教えるw [編集] 無料ホームページ作成は@peps! |